NARUTO DREAME 短編
心溶かされて…
*サイ夢*キリ番444ねこじゃらし様リク夢

今朝の木の葉隠れの里は、この冬一番の冷え込みを記録した。
その寒さときたら、ピンと張り詰めた冷たい空気にさらされる剥き出しの耳や頬などはピリピリと痛み、手足の爪先に至っては、余りの冷たさに痛みを通り越して感覚すら麻痺してしまうほどで、呼吸をする度に鼻や喉の奥がツンとして、今にも凍り付いてしまいそうだった…。
日中もさほど気温は上昇せず、まるで北国並な寒さの中、外を歩く里人の姿もいつもより少なく、日が落ちる頃には里中がまるで冬籠もりでもしたかのようにシンとして静謐な雰囲気に包まれていた。


そんないつもとは違う様子の里の中で、小さなアパートの一室のベランダの窓から、暗くなり始めた厳寒の空をぼんやりと見上げている娘がいた。


彼女は名をねこじゃらしと言い、木の葉の商店街でオーダーメイドの忍服や武器防具を取り扱う、言わば忍専門店の店員として働いていた。
里の上忍だった両親を、先の木の葉崩しの騒ぎの折に亡くした彼女は、アルバイト先から程近いこの小さなアパートの一室で一人暮らしをしていた。
両親が遺してくれた貯えと、里から遺族に支払われる見舞金にはなるべく手をつけず、フルタイムで稼ぎ出す自分の収入で一人堅実に暮らす彼女には、この季節になると両親との幸せだった日々を思い出させてくれる2つの物があった。


1つは、冬になると彼女の小さな部屋の中に堂々と鎮座するコタツ。それは昔、冬になると家族が皆そこに集まり、色々な話をして笑い合った幸せな時を思い出させてくれる。
何年も使い続け、少々色褪せたお気に入りのイチゴ模様のコタツ布団は、まだ子供だった当時のねこじゃらしが選んで買ってもらったものだった。
今でも冬になるとその四角い温かな空間は、部屋で過ごす時の彼女の安らぎの場所であり、何も予定のない日には両親との思い出と共にコタツ布団に包まれ、ぬくぬくと過ごすのがなによりの癒やしの時であった。


そしてもう一つ、今日のような寒い寒い日に、空からフワフワと舞い落ちてくる純白の雪。
雪は彼女が小さい頃、北の極寒の地である、北雪の国へ両親に連れて行って貰った日のことを思い出させてくれた。
一面真っ白な雪景色に、子供のようにはしゃいでいた母と一緒に、体中雪だらけになりながら雪だるまを作り、それを父が優しげに見守っていたあの日を…



「あ〜あ…雪…降らないかなぁ…」
ねこじゃらしはコタツにクタ〜っと体を臥せながら恨めしそうな目でベランダごしの空を見上げて、今日何度目かの同じセリフを呟いた。
もうそれこそ一時間以上前から、ずっとその体勢で窓の外ばかり眺めているねこじゃらしは、降りそうで降らない雪を今か今かと待ちわびていた。
雪の降ることが殆ど無い木の葉隠れの里ではあるが、年に数回はサラッとだが雪が積もることがある。
これだけ冷え込んでいるのだから、きっと今日降るに違いないと一人確信したねこじゃらしだったのだが、思いに反してなかなか降らない雪に少々諦めの気持ちも混じり始めていた。


「……あれ?…」


もうじきすっかり暗くなろうとしている外の景色をぼんやりと見つめていると、視界の中に家々の屋根の上をテンポよく飛び移りながら移動している影が見えた。
その影はどんどん彼女のいるアパートの方に近づいてきていて、目を凝らしてよ〜く見ると、どうやらよく知っている人物のようだった。
「サイ君だ…今日帰ってきたんだ…」
一人呟いたその名前は、半年程前に隣へ越してきた若い男の子の名前。
引っ越してきて間もない頃、彼が自分の部屋と間違ってねこじゃらしの部屋へ、しかもベランダから入ってきた事がきっかけで、ちょくちょく話をしたりする仲になっていた。移動手段として屋根の上を使う事からも解るように一般人ではなく、この里の忍だった。日々過酷な任務を遂行しているのであろうその人は、かれこれ一週間近く留守にしていたようで、隣室から物音一つ聞こえない日々がつづいていたが、今久々に見るその姿にねこじゃらしはなぜか嬉しくなり、冷気が入り込むのも気にせずにコタツから出、ベランダの窓をガラガラと開けて大きな声で呼んだ。
「サイく〜ん!」
すぐ向かいの家の屋根上まで来ていた彼はねこじゃらしに気づき、一瞬動きを上めてあいさつするように片手を振ってみせた。そして、一瞬にして彼女の部屋のベランダの狭いスペースに器用に飛び移ってくる。
ねこじゃらしは瞬きする間に目の前に移動してきたサイにちょっとびっくりしながら、
「おかえり、久しぶりだねサイ君」
目の前の、長いマントを着込み、襟元で顔半分を隠しているサイにニコニコしながら挨拶した。
「久しぶりねこじゃらし。元気だった?」
マントの襟をグイッと引き下げてニコッと笑うと、おもむろにマントの合わせ目からゴソゴソと手袋をはめた右手を出して、ねこじゃらしの目の前にヌッと突き出した。
ねこじゃらしは突然突き出されたサイの手に、思わず半歩下がりながら
「なっ、何?」
その手と顔を交互に見比べていると、彼はくるっと掌を上に向けて開いてみせた。
「うわぁ…綺麗なブレスレット…」
その掌の上に現れたのは淡いブルーの石が散りばめられた綺麗なブレスレットで、思わず感嘆の声を上げると、サイはちょっと照れたようにしながら
「これ、君にあげるよ」と、もう片方の手でねこじゃらしの右手を掴んで掌を上に向けさせ、その上にのせた。
「えっ!?ほんとに?…いいの?」
突然の贈り物に目を輝かせて見つめるねこじゃらしにサイは頷いて見せて、ふと、マントを着込み手袋をはめている自分とは違い、ねこじゃらしがセーターとスカート姿でベランダに出てきている事に気づいた。
「ありがとう!」
白い息を吐き出しながら嬉しそうに礼を言うねこじゃらしが、小刻みに震えている様子に慌てながら「ごめん、ねこじゃらし。寒いだろ?もう中に入りなよ」
そう言って、身振りで示しながら、サイは隣の自分の部屋のベランダへと移ろうとした。
「あ、待って!」
サイとねこじゃらしの部屋のベランダを仕切っている柵の上に飛び乗った彼に向かい、ねこじゃらしはちょっと大きな声で言いながら、彼のマントの裾をクイッと引っ張る。
「何?どうかした?」
ん?と言った感じで小首を傾げながら見下ろすサイに、ねこじゃらしは掌にのっかっているブレスレットを示しながら、
「これをくれたお礼の代わりに、うちでお茶でも飲んでいってよ」
「…うん。じゃあお言葉に甘えるかな」
ねこじゃらしの誘いににっこりと微笑むとストンと柵から降り立ち、どうぞと手招きしながら先に部屋の中に入りサイからのプレゼントを大事そうにコタツの上に置いている彼女の後について、サイもベランダから部屋の中へと入っていった。
「あ、靴かして?玄関に置いてくるから」
「ありがとう…」
言われるままに防寒用に支給された忍用ブーツを手渡す。
ねこじゃらしはそれを目にして直ぐに自分の働く店で扱っている商品であることに気づいた。
「サイ君も貰ったんだね。このブーツ」
「うん」
頷くサイを見てなんとなく嬉しい気分になりながら、彼にコタツに入って温まってねと勧めてから玄関にブーツを置きに行き、そのままキッチンへと向かう。
鼻歌混じりでティーポットに紅茶の葉を入れ、そこへポットから熱いお湯を注いでいるねこじゃらしを、勧められた通りにコタツに入りながら待っていたサイは、前に来たときに、正直言って驚いたほど年季の入ったコタツ布団をもう一度まじまじ見ながら、前にねこじゃらしから聞いたこのコタツへの思い入れについて思い出していた。
(冬はコタツに皆集まって色んな話をしたんだって言ってたよね。大切な思い出の品なんだって言いながら、ちょっと寂しそうだった…)
サイはその時のねこじゃらしの顔を思い浮かべると、なぜか決まって自分も切ない気持ちになることに戸惑っていると、湯気の立つ紅茶入りのマグカップを乗せたトレーを持ってねこじゃらしが戻ってきて、コタツの上にヨイショと言いながらそれを置くと、サイの向かい側へと腰を下ろした。
そしてトレーからマグカップを一つ取って、どうぞとサイの前に置き、自分ももう一方のマグカップを手にして口に運んだ。
「あつっ…」
途端に声をあげ、唇を押さえる彼女の様子に思わずプッと吹き出したサイは、頂きますと言って自分も一口飲み、ねこじゃらしをイタズラっぽく見つめて、
「ねこじゃらしはそそっかしいね。火傷しちゃったかい?」
聞かれてねこじゃらしは唇を押さえながら、自分を見つめるサイの視線に内心ドキッとして、
「ん…ちょっと火傷したかも…」
照れ隠しに下を向いた。「大丈夫?」
「うん。平気。」
心配そうな響きの彼の声にコクコクとうなずきながら答え、顔を上げると、「そう?……」
ほんとに?と言う目をしながらこちらを見ているサイと視線がぶつかった。二人して慌てて視線をそらすと、暫く沈黙してからサイが口を開いた。「ねぇねこじゃらし、君はご両親のどちらに似ているの?」
突然そう聞いて、再び紅茶を一口飲むサイに、ねこじゃらしは不思議に思いながらも、
「私は母に似ていると思うよ。なんで?」
顔も声も自分とそっくりな母を思い浮かべながら答えると、サイは何故かクスッと笑って付け足した。
「ねこじゃらしのそそっかしい所とぼーっとした所を併せ持つ性格もお母さん譲り?」
「えっ!?…あっ、ちょっとサイ君!」
サイの自分に対するイメージがあまりにもオマヌケ過ぎることに抗議の声をあげたねこじゃらしは、その勢いでコタツを抜け出し、サイのすぐ横にペタリと座り込むとクスクス笑う彼の顔に自分の顔を近づけて、
「ひどいなぁもう!」
「だってほんとのことだろ?さっきだってぼーっとしながらコタツに座って外見てたし。ボケボケしてて可愛かったけどさ」
まるで、先刻の自分の様子を見ていたかのような発言に、ねこじゃらしは慌てて、
「やだ、見えてたわけじゃないよね?」
「ん?…見えてたよ。だってカーテン開けっ放しで電気つけてただろ?ここと高さの変わらない屋根の上にいた忍の僕には、君のボケボケ振りがよーく見えてたよ」
「きゃ〜!サイ君のバカバカバカ…」
可笑しそうに笑いながら言うサイに、ねこじゃらしは両手を振り回してポカポカと彼の胸を叩いた。そして、サイがそれを何度目かでひょいっと交わすと、勢い余ってねこじゃらしはバランスを崩し、慌てて支えようとしたサイの方へと倒れ込んだ。その状況がすぐに飲み込めず、自分を抱き止めているサイをただ唖然と見上げる彼女の淡いブルーの瞳を見つめて、サイは言った。
「君の瞳の色、とても綺麗だよね。お母さん譲りなの?」
唐突に聞かれて素直にコクンと頷くねこじゃらしに、にっこりと微笑んだサイは、コタツの上に置かれたブレスレットにチラリと目を向けて、
「任務である街に行って露店街を歩いていたらさ、あのブレスレットが目についてね…ほら、あの石、ねこじゃらしの瞳の色にそっくりだろ?」
優しげな声で話すサイの言葉に、ねこじゃらしは驚いた。
「それでわざわざ?…」「うん。ねこじゃらしに絶対似合うと思ってね。」ねこじゃらしの問いに答えながらちょっと照れくさそうにするサイに、ねこじゃらしは胸がドキドキして、同時に自分がまだ彼の腕の中にいることに気づき、慌てて体を起こそうとした。でもサイは腕に力を込めてそれを阻み、尚も腕から抜け出そうともがくねこじゃらしにイタズラっぽく笑って、
「くっついたっていいだろ?今日は寒いんだから」
「ちょっ…サイ君、そう言う問題じゃないでしょ…」
ねこじゃらしは早口で抗議する…
するとサイは、いつになく真剣な声音で、
「何だか…どうしてだか解らないけど、ずっと君を、こうして抱き締めてみたかったんだ…」
そしてちょっとだけ体を離して、混乱状態で固まってしまったねこじゃらしの目を覗き込み、優しく付け足した。
「僕と同じで家族のいない君が…寂しい思いをしてるんじゃないかって、いつも気になっているよ…」
「サイ君……」
サイの心からの言葉に落ち着きを取り戻したねこじゃらしは、彼の漆黒の瞳を見つめ返した。
そして素直な気持ちを言葉にする…
「私、時々どうしようもなく寂しくなって…一人でいることにいつまでたっても慣れることが出来なくて…」
そう言って一度言葉を切り、ほぉっと息を吐き出し微かに微笑みを浮かべながら、
「でも…お隣にサイ君が引っ越してきて、こうしてたまに会ってお話しするようになってから、寂しいなって思うことが少なくなったような気がするの…」
「ねこじゃらし…」
「ありがとう、サイ君。気にかけてくれて、とっても嬉しい」
そう言ってうっすら涙を浮かべるねこじゃらしの事が、たまらなく可愛く感じてサイは思わずもう一度腕の中にねこじゃらしを閉じ込めた。そして、
「僕が君の家族の代わりになるよ、君をいつでも気にしているから。だからもう、一人だなんて思わなくていいよ、ねこじゃらし…」
「うん…ありがとう、サイ君…」
「いいんだよ、ねこじゃらし。僕も君を家族だと思って過ごすことが出来るなら、任務だってなんだって頑張れるさ」
そう言ってサイはにっこり笑顔を浮かべ、ねこじゃらしはそんなサイの腕に抱かれて目を閉じ、そっと彼の背に腕をまわした。
それから二人は、お互いに、今はまだそれが何であるかも解らない温かな気持ちを胸に抱きながら、これまで孤独に耐え続けてきたどこか冷えきっていた互いの心と体を暖め合うかのように、しばしの間無言で抱きしめ合った…
しばらくして、不意にねこじゃらしがサイの腕の中で身じろぎして、彼の顔を見上げ、
「そうだ、サイ君。サイ君は北雪の国って所に行ったことある?」
ねぇねぇ…という感じに、早く教えてと言わんばかりに期待を込めた目を向けてくるねこじゃらしを不思議そうに見つめながら、「いや…無いけど…その国って雪が一杯降る寒い国だよね?…そこがどうかした?」
「あ、行ったことないんだ。昔私ね……」
行ったことがないと言うサイの答えに、ねこじゃらしは両親との思いでの話をして聞かせた。
「……そう。じゃあねこじゃらしにとって特別な場所なんだね…」
「うん。だから私は雪が大好きなの。両親との思いでがよみがえるの、雪をみるとね…」
そういって、遠い目をする彼女に、サイはその背中をゆっくりとさすってやりながら、
「じゃあ、いつか一緒に行こう。僕がねこじゃらしを北雪の国に連れていってあげるよ」
「ほんとに?」
途端にパアッと眩しいぐらいの笑顔を浮かべたねこじゃらしに、サイは頷いて、「うん、ホントに。絶対約束するよ」
「わぁい!有難う!」


そう、無邪気に喜びの声をあげたねこじゃらしの顔に、心からの笑みが浮かぶのを見たサイは、
(これからは僕が君の笑顔を守っていくから…)
と、心の中で呟いた。


そして、二人の心が溶け合う温かな部屋の外では、夜闇に白い軌跡を描きながら、汚れない純白の雪が音もなく舞い降り始めていた…